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  子育てスタート時は、今振り返っても、本当に辛かったですね。本来なら妊娠中に子育ての準備を整えておくべきなんでしょうけど、私の場合、無事に出産することで頭がいっぱいで……。ですから、いざ、赤ちゃんを育てる段になって、困惑しました。「子育て星」という未知の惑星に子どもと二人、降り立ってしまった気分でしたね。
  実家が自営業だったので、里帰りはせず、退院と同時に主人と子どもの三人暮らしをスタートしたことも、子育てに戸惑う一因だったかもしれません。育児書を頼りに”1ヶ月未満の新生児は外出させてはいけない“ と書いてあれば、真面目にそれを実行し、”赤ちゃんを日光浴させるには足首から徐々に日をあてる“とあれば、30分ごとに洋服の裾をまくったりして……。そうやって家に閉じこもって子育てをしていくうちに、いつの間にか視野が狭くなっていたんですね。一生懸命やればやるほど辛くなっていく……。完全に悪循環でした。 |
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  息子は、一度泣き始めるとなかなか泣きやまない赤ちゃんでした。オムツを換えてみても、ミルクをあげてみても、抱き上げてみても、一向に泣きやまない息子に、何をしたらいいかわからなくなって部屋の真ん中で母子でわんわん泣いたことがありました。ところが、仕事から帰ってきた主人が、「なんかこの部屋暑いよ」ってエアコンのスイッチを入れた途端、ぴたっと泣きやんで。その日一日の苦労が、主人のたったワンアクションで解決してしまったことに、言葉にならない感情がこみあげてきて思わず家を飛び出してしまいました(笑)。でも、冷静になってみると、自分で勝手に家に閉じこもって、家の中が暑いことすらわからないくらい視野が狭くなっていたことに気づいたんです。
  子どもの大好物は、ママの笑顔。いい加減が良い加減とはよく言ったもので、育児書の情報は参考程度に、まずは母親が育児を楽しめる環境を自ら作っていくことが必要なのだとつくづく思います。なんて言えるようになったのも、実はここ数年なんですけどね(笑)。未知の惑星に降り立って、不安を抱えながらもできることから一つずつ対処していくうちに、いつしか快適な空間に変わっていた……。最初から楽しいだけの子育てなんて、ないのかもしれません。あの辛い時期があったからこそ、今、子育てを楽しめるのだと思っています。   私自身もそうでしたが、赤ちゃんを抱える母親はとかく家にこもりがち。子どもがいれば、必然的に子ども中心の暮らしになります。だからといって、自分のペースまで乱される必要はないと思います。まずは自分のために世界を広げること。それが、心の余裕や笑顔につながり、結果として子どもにもいい影響を与えるものだと思うからです。窓を閉め切っていると部屋の空気が滞るのと同じように、外の空気を入れないと人の心も淀んでしまいます。部屋の空気を入れ替えるように、意識的に外の空気に触れ、リフレッシュすることをお勧めしたいですね。 |


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  以前、司会をしていた育児番組で、とある先生がとても印象的なことをおっしゃったんです。「最近は“子”育てではなく、“孤”育てになりがち」という内容だったのですが、実体験からもまさにその通りだな、と思います。前編でも話しましたが、私自身、子育て当初は“孤独”を育てる孤育てになっていましたから。
  我が家も“ザ・核家族(笑)”なので、家で母親と子どもと二人だけになることは日常茶飯事。ともすれば、一人孤独に育児をする状況に陥りかねません。ただ、そうなり得る環境だということを意識できているので、自分なりに対処できていることが、育児を楽しめるようになった大きな要因の一つだと思っています。   孤育てに陥っていた頃は、全く想像がつきませんでしたが、今は主人はもちろん、たくさんの人たちの協力を得ながら“みんなで一緒に子育てをしている”という感覚です。出産後、連続ドラマの主演を務められたのも、実は近所の人達のおかげ。撮影中は、帰宅が夜遅くなることも珍しくはありません。主人も仕事によって帰宅時間はまちまちですし、出張もあります。昼間は保育園が預かってくれますが、それ以降、預かってくれる人を探さなくてはならなくて……。で、一か八かマンションのお隣さんにお願いしてみたんです。そうしたら、意外にも快諾してくれて。保育園のお迎えから、食事、お風呂、寝かしつけまで、撮影期間中、協力してくれました。   私もそうでしたが、人にお願いするのって勇気が必要ですよね。どうしても遠慮してしまうというか……。でも、子育てには周囲に助けを求めることも必要。コミュニケーションをとるのが苦手な人なら、市や区の制度を利用したっていい。保護者会に出るだけでも、不思議と同じような志向の人と出会えるものです。私の場合は、そのあと、飲んで腹をわって仲良くなるのが常套手段ですけど(笑)。自分から声をかけてみたり、頼んでみて、実は周囲もその一言を待っているかもしれないな、と思うことがあります。甘えられたら、甘えられますからね。今では、私が仕事で遅くなる時は、ママ友達がローテーションで子どもを見てくれています(笑)。もちろん、私ができる時はママ友の子育てに協力もしています。   みんなで子育てをすることの良さは、子育ての偏りを治すという効果もあると思います。いくら言って聞かせても言うことを聞かないのが、他のママが別の言い方でたしなめてくれると素直に聞いたって経験はありませんか? 母親一人の頭では、言い方一つとってもどうしてもパターン化しちゃっていると思うんです。同じように子育てをする友達と一緒に居ることは、それぞれの子育てを目の当たりにすることですから、ヒントになること、学ばせてもらうことが多いと実感しています。 |
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  毎日、私自身が鍛えられているなぁ~と感じさせられます。例えば、近くのスーパーに買い物にいく場合。靴をはくこと一つとっても、私が履かせたら数分で済むことが、息子がやると15分はかかる。だからといって、私が履かせたら意味がないんです。これは主人と話し合って決めた我が家の子育て方針なんですが、先に答えを出すのはやめようって。転びそうだな、と思っても先に手は出さず、転んで痛いということを経験し、そこから学んでほしいと思っています。だから、靴を早く履かせようとするのではなく、出たい時間の15分前には玄関に行って、ゆっくり息子のペースで靴を履けるようにしています。それでも、イライラしないで待っているということは本当に大変なことなんですけどね(笑)。息子から待ち力のトレーニングを受けている感じです。
  また、臨機応変の大切さも実感しています。育児に家事となると、大人的には何時までに何をして……というようにタイムスケジュールを考えますよね。でも、その通りに行かなくってもどおってことないことが大半。そこでイライラするより、状況に応じて優先順位を変えればいいということを学びました。先日もスーパーへの道のりで、息子が舞い落ちる葉っぱにくぎ付けで。一枚一枚、落ちてくる度に立ち止まってはじっと見ているんです。お陰で、普通なら5分程度でいけるお店まで30分以上もかかってしまいました(笑)。でも、それを一緒に楽しむというのも悪くないかな、と思っています。   私にとって子どもは、先生のような存在。子どもと暮らせば、思い通りにならないことだらけ。待ち力も臨機応変も子ども中心の生活を送っているからこそ鍛えられているものだと思いますし、TVや映画で涙腺が緩むシーンまで子ども仕様になっていて。家族でテレビを見ていて、涙を見られるのが恥ずかしいものだから、少しずつテレビに近づいていったりして(笑)。   『眠れぬ森の育児―「キレイごと」だけではすまない壮絶育児サバイバル』を出版したきっかけでもあったのですが、子育てって楽しいことばかりじゃないですよね。というか、むしろ不安や孤独を抱えて泣いているお母さんが多いんじゃないかなと。でも、自分一人がそうなんじゃない、と思えるだけで不思議と勇気が出るものなんです。泣きやまない息子を抱っこしながら、七つの子を歌う。窓の外にはきれいな夕焼け空。その向こうに顔も名前も知らないけど、同じように泣いているお母さんがいるんだな、と思ったら、私もあと3回、七つの子を歌うから、あなたもがんばってって。一緒にがんばろうって気分になります。無理に楽しもうとする必要はありません。ただ、母親をやっていくと、自然にそれが楽しいと感じられる時が来るものだと思います。あせらずゆっくり親子で成長していけばいいのではないかと思います。 |